重要伝統的建造物群保存地区の熊川宿を語り部と一緒に歩きませんか。熊川の歴史や見どころをまごころ込めてご説明いたします。
語り部といろんな話をしながら楽しい旅のひとときを…。

申し込み方法はこちらをご覧下さい。 


-1 道の駅「若狭熊川宿」(みちのえき「わかさくまがわじゅく」)

 

日本建築の第一人者で工学博士・一級建築士の故吉田桂二氏監修。熊川宿の町並みをイメージして設計・建設され、平成11年オープン、平成28年リニューアル。鯖街道の中継点として、また京阪神方面から若狭への玄関口として多くの人たちに利用されています。
◇駐車台数:普通車21台・大型車10台・身障者用1台
◇設備:EV急速充電器・レンタサイクル・熊川宿ラッピング自販機・環境モニタリングポスト・日曜朝市(不定休あり)・国道沿いにJRバス停あり・小水力発電により看板がライトアップされています。
◇駐車場・トイレ・情報コーナーは24時間利用可
※国道横断の際は交通安全に十分ご注意下さい。
関連サイト:
道の駅 公式ホームページ(全国道の駅連絡会)


-2 鯖街道ミュージアム(資料展示館)

道の駅「若狭熊川宿」に隣接する白壁の土蔵造りの資料展示館。マンガで知る「鯖街道ミュージアム」として、京都精華大学のマンガ学部とコラボレーション。大人から子どもまで、外国人の方にも鯖街道の歴史を分かりやすく紹介しています。鯖街道の紹介ビデオを備えたジオラマ模型もあります。
◇開館時間:9:30〜17:30
◇定休日:毎週木曜日・年末年始



-3 道の駅 四季彩館(みちのえき しきさいかん)

道の駅「若狭熊川宿」に隣接するお食事処。鯖寿司や焼鯖寿司、葛うどんや四季彩丼(くずあんかけ丼)など地元の味が味わえるレストランと特産品販売コーナーがあります。
◇営業時間(食事処・売店):10:00〜18:00(LO17:30)冬期は閉店を30分繰上げ
◇座席数:71席・事前予約必要なし(人数が多い場合は要相談)
◇定休日:毎週木曜日・年末年始
◇問合せ:TEL 0770-62-9111

 熊川番所(くまがわばんしょ)町指定文化財

物資の統制と課税が行われていた徳川幕府の時代、熊川番所でも通行手形改めや物資の運上徴収などが行われ、中でも「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まりました。平成14年に歴史的考証を行いながら復原され、一般公開されています。全国唯一、伝建地区内に元位置のまま現存する番所建物です。刺又(さすまた)、突棒(つくぼう)、袖がらみの三つ道具が展示され、お役人の人形は偶然にも熊川住民の誰かに似ているとか。
◇入館料:高校生以上50円
◇開館日:月・木・土・日・祝日(不定休あり)
◇開館時間:10:00〜16:00(冬期は変更あり)


 権現神社(ごんげんじんじゃ)

上ノ町の山側にあり、通称「権現さん」と呼ばれる水雨火防の神様を祀る神社。昔、上ノ町では、道の表面に白い石が出ると村に火災や水害が起きたことがありました。そこで村人が相談をしてお社を建てて、この白い石をお祀りすることになったのが、この神社のいわれであるとされています。


 大岩(おおいわ)

この大きな岩ではよく子どもたちが遊びますが、けがをしたことがないそうです。よって「子守岩(こもりいわ)」とも呼ばれることがあります。また、権現さんと関係があるという話もあります。ともあれこの岩は街道脇にあって、長い間人々の往来を見守ってきたのです。
昭和の時代、近くに国鉄バスの車庫があって、この辺りは近所の子らの絶好の遊び場でした。


-1 熊川宿駐車場(くまがわじゅくちゅうしゃじょう)

 

上ノ町にある病院跡地の駐車場です。明治初期までは酒屋さん、その後製材所、空き地、病院の時代を経て現在に至っています。当面は駐車場ですが将来は集会所や山車蔵、防災基地を備えた複合施設の建設が検討されています。
◇駐車台数:普通車約50台・大型車進入不可(原則)
◇駐車料金:お一人100円を目安に町並み保全協力金をお願いしています。
※トイレはありません。最寄りの公衆トイレは宿場館裏にあります。


-2 ふれあい公園・通称:上ノ段(うえのだん)

モミジやツツジ等の植栽が行われ、自然公園として整備が進められています。熊川宿駐車場から遊歩道があります。


 中条橋(ちゅうじょうばし)

昔からたくさんの物資や人の往来を支えてきた中ノ町と上ノ町を結ぶ重要な橋。重伝建選定後の平成11年に木製の欄干の橋に架け替えられました。夜は欄干の下から足元を照らす照明が灯ります。この橋がかかる河内川の上流約1.5kmの所に令和元年6月、県営河内川ダムが竣工しました。


 おなり道

この道の奥に、かつて陣屋の役割も果たした熊川奉行所があり、この名の由来もうなづけます。
熊川陣屋跡地が熊川小学校だった時代、この道はまだ整備されていませんでしたが、上ノ町から熊川小学校への近道でした。


-1 旧逸見勘兵衛家住宅(きゅうへんみかんべえけじゅうたく)町指定文化財

 

熊川村の初代村長逸見勘兵衛の子息で伊藤忠商事二代目社長となった伊藤竹之助翁の生家で、熊川を代表する町家のひとつ。主屋、土蔵、庭が平成7年1月に町指定文化財となり、その後3か年をかけて大規模な修理が行われ、町家造りを生かした機能的な現代の住まいとして生まれ変わり、保存修理のモデルとして熊川宿のまちづくりを牽引しました。
◇内部の一般公開はしていませんが、勘兵衛茶屋営業日は入場できます。
◇入場料:大人100円・中学生以下無料
◇団体でのまちづくり研修やワークショップ、内部視察などは下記まで
 お問合せ先:(一社)熊川プロジェクト 事務局長 阪野真人 TEL 090-8807-9364

-2 勘兵衛茶屋(かんべえぢゃや)

住民有志で構成する「熊川宿おもてなしの会」により、ランチや喫茶、ギャラリー、宿泊等のおもてなしを通じて区民と来訪者の交流を図り、地域の活性化を目指しています。喫茶のメニューも年々増えてきています。
◇営業日:土・日・祝日(臨時休業あり・喫茶は冬期休業あり)
◇営業時間:10:00〜16:00


-3 お泊り処「熊川宿勘兵衛」(おとまりどころ くまがわじゅくかんべえ)

「熊川宿おもてなしの会」が運営する町家民泊施設です。
◇1泊2食付8,000円〜(予約制・1名でご利用の場合9,000円〜)
◇宿泊利用で勘兵衛会員登録・次回宿泊1割引の特典あり
◇問合せ・申込み:TEL 080-6359-0808(熊川宿おもてなしの会)
※インターネットやメールではお申込みに対応しておりませんのでご了承ください。


-4 旧逸見勘兵衛家の土蔵

旧逸見勘兵衛家の奥に佇む白壁の土蔵は蔵ギャラリーとして活用されていましたが、この程、宿泊施設としてリニューアルし、土蔵でのお泊りが体験できます。
◇問合せ・申込み:TEL 080-6359-0808(熊川宿おもてなしの会)


 熊川宿若狭美術館(くまがわじゅくわかさびじゅつかん)

 

 かつて銀行や酒蔵として利用されていた古民家を、特定非営利活動法人 若狭美&Bネットが借り受け、日本財団を主に、福井県、若狭町の助成を受けて、美術館に改修・開館しました。館内は、障碍者アート、子ども美術、現代美術の作品を展示し、美術の視点から熊川宿との共生が図られています。
◇開館日:金・土・日・月曜日・祝祭日
◇開館時間:10:00〜16:30
◇入場料:無料
◇問合せ:若狭ものづくり美学舎 TEL 0770-64-1788
◇駐車場:美術館裏側(国道沿い)

若狭鯖街道熊川宿資料館 宿場館
(わかささばかいどうくまがわじゅくしりょうかん しゅくばかん)

 


昭和15年に、熊川出身で伊藤忠商事二代目社長の伊藤竹之助(いとうたけのすけ)〔旧姓=逸見(へんみ)〕により、近代洋風建築の熊川村役場が建てられました。トスカナ風の柱頭をもつ円柱がポーチに建ち、寄棟瓦葺の2階屋根の中央には越屋根が付いています。今も鬼瓦には「役場」の文字が見られます。
農協の時代を経て、平成9年より資料館として保存活用され、鯖街道関係の資料や民具などを展示して一般公開されています。前庭の桜はかなりの老木ですが、毎年きれいに咲いて春の訪れを感じさせてくれます。年配の方には懐かしいがっちゃんポンプが見られますが、万が一のため水は飲まないで下さい。
夜は小水力発電により玄関がライトアップされています。(冬期は消灯)
◇開館時間:8:30〜17:00(冬期は16:00まで)
◇入館料:高校生以上200円(説明あり)
◇休館日:毎週月曜日・年末年始
◇駐車場:普通車数台(無料/宿場館・旧逸見勘兵衛家住宅ご利用者対象)・大型車不可
 対象外の長時間駐車は熊川宿駐車場のご利用をお願いします。
◇その他:レンタサイクル・貸ロッカーあり
◇問合せ:TEL 0770-62-0330(宿場館)

 長屋道(ながやみち)

この路地の奥に、町奉行手配下の足軽長屋があったことにこの名の由来があります。資料によると、配下には16名の足軽がいたとあります。

 熊川陣屋跡(くまがわじんやあと)

 


小浜藩主京極高次の時代、この地に熊川陣屋が設けられ、酒井忠勝の時代となって、民政一般を司るために熊川町奉行所となりました。特に蔵米の運送と問屋の統制が町奉行の最も重要な仕事であったようで、『熊川村誌』によると、その体制は二百数十年続いたそうです。その奉行所も明治維新で廃止され、その後この地は熊川小学校と熊川保育所になり、特別養護老人ホームの時代を経て現在に至ります。
入口近くに町家風の公衆トイレを備えた広大な敷地は、イベント開催時の駐車場として利用されていて今後の活用が期待されます。広場の奥には水車を備えた源氏蛍を育てるビオトープがあり、シーズンには幻想的な乱舞が見られます。観賞時期は6月中旬〜下旬
また、ビオトープ一帯は熊川城跡へのエントランスとなっていて木橋を渡ると門扉(通行後は門扉を閉めて下さい)があり、張出郭デッキを経て、熊川城跡へ行けます。(21)熊川城跡参照
敷地の一角には、伝統的な製法が「林業遺産」に認定された熊川葛の生産加工場があります。(普段は非公開・予約で見学や寒晒し体験可)
◇問合せ:TEL 0770-62-0135(熊川公民館内熊川葛振興会)
また山の中腹には熊川城跡の若狭街道張出郭が見られます。


 熊川宿の町並み(くまがわじゅくのまちなみ)

陣屋跡入口辺りからの眺めが、熊川の町並みを代表する風景となっています。熊川宿の町並みの特徴は、街道に面して多様な形式の建物が建ち並んでいることです。具体的には、街道と棟が平行な平入(ひらいり)、対して直角な妻入(つまいり)、加えて土蔵や付属屋など全く形式の異なる建物が混在しながらも、連続性をもった家並みを形成しています。また袖壁卯建(そでかべうだつ)や虫籠窓(むしこまど)、越屋根(こしやね)、起り(むくり)なども見受けられます。重伝建選定後の修景事業で、電線類が地中化され、電柱電線の無い広く開けた街道になっています。また夜間は前川の川底から小水力発電によるライトアップがされています。

 菱屋(ひしや)・街道シェアオフィス&スペース 菱屋

 前川に面する大きな店構えや菱印のついた暖簾のかかる通り庭、帳場、仏間、座敷に至る奥深い間取りなどに、大きな経済力を持った問屋の風格を感じることができます。
 古民家の佇まいをそのままにリノベーションされ、複数の事業者などが共同で間借りするシェアオフィスとして生まれ変わりました。
街道シェアオフィス&スペース菱屋ホームページ

 前川(まえがわ)

熊川宿の歴史的景観に欠かせないのが水量が豊富で流れの速い「前川(用水路)」で、水の郷(さと)百選と平成の名水百選に選定されています。上ノ町を流れる前川は滋賀県の天増川(あますがわ)から、中ノ町・下ノ町を流れる前川は河内川(こうちがわ)から取水しています。重伝建選定後、石積み護岸が復元されました。各所に芋車(いもぐるま)が廻り、家ごとに「かわと」と呼ばれる水利施設が設けられています。防火用水はもとより、夏は打ち水として、冬は雪を流してくれる大切な役割を果たしています。また夏には子どもたちが手足を浸けて遊びます。
熊川いっぷく時代村では、前川の流れを活かした「ブリキの金魚レース」や「ニジマスつかみどり」が毎年絶大な人気を呼んでいます。


 元宮駐車場(もとみやちゅうしゃじょう)

 

近隣区民と観光客用の駐車場です。観光客の方は指定の場所に駐車して下さい。
◇駐車台数:普通車10台
◇駐車料金:無料

熊川いっぷく時代村開催時は、特設ステージが設置され本陣(本部)となります。奥の岩の上に建つ元宮神社は元々白石神社があったところです。さらにその奥の国道303号沿いにはバス停「若狭熊川」があります。


 熊川宿無料休憩所(くまがわじゅくむりょうきゅうけいしょ)

熊川宿のほぼ中央に位置するちょっといっぷくできるところです。熊川児童館の軒先で、ベンチが設置され、真夏の日差しや雨が凌げます。真夏は「前川」に手や足を浸けると気分爽快です。


 覚成寺(かくじょうじ)

古くは真言宗の寺でしたが、得法寺と同じく蓮如上人の巡錫の際、浄土真宗に改宗したと伝えられています。境内には推定樹齢約300年の銀杏の巨木があります。(普段内部は非公開)
山号:清城山(せいじょうざん)宗派:浄土真宗本願寺派 本尊:阿弥陀如来

熊川では、覚成寺を「かみんてら」、得法寺を「しもんてら」と呼び親しまれています。(内部は非公開)


 熊川児童館(くまがわじどうかん)

 

熊川区民の集会所で行事や会議が行われるところです。白石神社祭礼の本陣、災害時の避難所、研修等の会議室として利用されています。街道沿いに無料休憩所を備え、トイレは外からも利用できます。隣接する広場は、時としてイベント会場になります。玄関前の掲示板は熊川宿の四季を写真で紹介しています。(普段内部は非公開)


 白石神社(しらいしじんじゃ)

熊川区の氏神であり旧指定村社で、祭神は、彦火々出見尊、白鬚明神、小浜藩主酒井忠勝公、山の神が合祀されているということです。観光客や拝殿まで上り辛い方のために、街道沿いにも賽銭箱が設置されています。このお賽銭は年4回の祭典時に神前まで献饌しお祓いをいただけるありがたい賽銭箱です。
毎年5月3日に白石神社の祭礼が行われ、子どもたちが鉦を鳴らして祭り囃子が奉納されます。また、子ども囃子を載せた山車が熊川区内を巡行します。曳き手は観光客も含めどなたでも参加できます。山車の背面に提げられる「見送り幕・綴織百子遊戯図(つづれおりひゃくしゆうぎず)」は復元レプリカですが山車と併せて数千万円とか。豪華絢爛で一見の価値ありです。祭りと時代村には、ぜひみんなで熊川の山車をひきましょう!境内には平成21年に改修が行われた能楽堂があります。。


 熊川城跡(くまがわじょうあと)


熊川陣屋跡奥と白石神社境内の能楽堂裏手から熊川城跡へ続く山道があります。山頂は海抜185m。若狭熊川城主沼田氏の山城跡で、城郭や張出郭の原形はよく残っているものの、雑木や杉が大きくなり、城跡への山道も急傾斜で荒れ、往来が困難になっていましたが、令和元年から2年に山道の復元整備が行われました。
登山口には鈴の付いた杖が用意してあり、主郭まで片道15分程度で登れます。途中3ヶ所のデッキが整備されました。熊川宿の家並みが見渡せる張出郭デッキ、パワースポットの白樫デッキ、そして頂上の主郭展望デッキからは、緑の山々と河内川ダムの天端が望めます。
熊川城跡は伝建地区から近く、若狭街道に面した山腹には張出郭があります。一方、西からの侵略を守るため、新道地籍には出城を築いていたとのことです。
今後、熊川城跡を通って河内川ダムから若狭駒ヶ岳へさらには沼田氏出城跡方面へのトレイルルートの開発を目指します。
※登山の際はくれぐれも安全に留意し、自己責任でお願いします。
※写真上は中条橋付近から見た山城、写真下は城跡への登山道です。
※熊川城の御城印を若狭鯖街道熊川宿資料館(10)で販売しています。(月曜日休館)


-1 得法寺(とくほうじ)

元々天台宗の寺院であったのが、室町時代の文明7年(1475)、蓮如上人が越前吉崎から小浜・名田庄を経て京都へ上る途中、若狭に約100日間滞在されたといわれ、ここ得法寺にも逗留されました。このとき、蓮如上人に帰依し、浄土真宗に改宗したと伝えられています。吉崎からの船中で書かれたことで「船路の名号」と言われる六字の名号「南無阿弥陀仏」のお掛字が今も寺宝とされています。境内には蓮如上人の銅像が立っています。(普段内部は非公開)
山号:庵谷山(あんこくさん)宗派:浄土真宗本願寺派 本尊:阿弥陀如来


-2 家康腰掛けの松(いえやすこしかけのまつ)

元亀元年(1570)4月、秀吉と家康をも従えた織田信長は越前の朝倉義景を攻めるため、京都から敦賀へ向かう際、熊川で一泊しました。得法寺に泊った家康は、翌朝出発に際し、「土地は熊川、寺は徳法寺、余は徳川、因縁あるかな」と云ったとか。その時境内の松に腰を掛けたことからこの名がいい伝えられてます。その松は平成12年に松食い虫の被害に遭い、枯れてしまいましたが、境内には松の根元と古木が残されています。


-3 八房の梅(やつふさのうめ)

蓮如上人のお弟子の一人が、越前の国の親鸞上人の旧跡地にあった梅の小枝を蓮如上人に捧げ、上人はその枝を得法寺の庭にさし、後に大樹「八房の梅」となりました。その古木は枯れましたが、その種子から生じたものが現在の梅の木であると言われています。


-4 沼田氏の供養塔(ぬまたしのくようとう)

得法寺は沼田家の菩提寺とされ、境内の一角に沼田氏の供養塔と伝えられる石塔(五重の層塔)が建立されています。熊川城主沼田光兼(みつかね)の娘は細川幽斎(ゆうさい)の唯一の妻麝香(じゃこう)で、細川忠興(ただおき)の実母であり、明智光秀(みつひで)の娘ガラシャの姑(しゅうと)にあたります。
生涯側室を持たず一途な愛を貫いた幽斎の心が息づくこの地こそ、究極の恋愛スポットと言えるかもしれません。
2020年大河ドラマ「麒麟がくる」放映に因んで、主人公明智光秀や熊川ゆかりの人物に関心が高まっています。


 御蔵道(おくらみち)

かつて北川を往来した舟運の米がこの路地を通り、松木神社境内にあった蔵屋敷に至ったことからこの名がついたそうです。紫陽花(あじさい)や秋桜(コスモス)、南天など季節の草花が、板塀や石垣、水路と調和して情緒ある路地になっています。

 高源(タカゲン)逸見源右衛門家(へんみげんうえもんけ)

中ノ町には、高源のような問屋や庄屋規模の町家が多くありました。正面二階の漆喰壁(しっくいかべ)などにも伝統的な手法がそのまま残っていて、庶民の生活の中から生まれた一つの文化遺産です。
また高源には、昔懐かしい看板やポスターが掲示されています。店先のがったりは、街道を往来する人々が背中の荷を置いて休んだり商いが行われたりした縁台で、普段はすっきり折り畳まれています。(民家につき内部は非公開)

-1 松木神社(まつのきじんじゃ)

若狭の義民松木庄左衛門(まつのきしょうざえもん)が祀られている神社で、熊川宿の中では桜と紅葉の名所でもあります。松木庄左衛門は、苦しみにあえぐ若狭の農民を救うため、一命を投げうって大豆年貢の引き下げを実現しました。時に庄左衛門は28歳の若さでした。
祭礼日は本来10月16日ですが、近年は熊川いっぷく時代村開催日に合わせて執り行われています。
熊川宿で行われるイベント等で、松木庄左衛門(長操)に因んで考案された大豆と生姜入り豚汁、名付けて「長操鍋(ちょうそうなべ)」が好評です。熊川産手作りこんにゃくや原木椎茸など具材たっぷりで絶妙のおいしさです。


-2 義民館(ぎみんかん)

松木神社は昭和8年に建てられたもので、境内には庄左衛門の遺徳を顕彰するため、昭和10年に建てられた義民館があります。(普段内部は非公開)


-3 御蔵屋敷跡(おくらやしきあと)町指定史跡

かつて小浜藩は年貢米を貯蔵するため、現在の松木神社境内に土蔵12棟を建て年貢米3万俵を収納していました。廃藩によりこれらは壊されましたが、一部民家として移築されたと思われる住宅もあるということです。
それにしても、年貢に苦しんだ松木庄左衛門が祀られているところに、かつて年貢米を収納する米蔵があったところというのは、何とも不思議な因縁です。

 倉見屋 荻野家住宅(くらみや おぎのけじゅうたく)国指定重要文化財

屋号を倉見屋(くらみや)といい、主屋、土蔵など問屋の形式を残している熊川で最も古い町家です。表には2か所、馬をつなぐための「駒つなぎ」が付いています。典型的な平入(ひらいり)造りで、塗込の壁や袖壁卯建(そでかべうだつ)、土戸の入った戸袋などに見られる店構えの重厚さから当時の問屋の栄えた様子がうかがえます。
平成26年、国指定重要文化財となり、今後、所有者のご協力をいただきながら熊川宿の見所のひとつとして整備が進められる予定です。(現在内部は非公開)

 山車蔵(だしぐら)・ビオトープ「熊川ほたる宿」

元熊川保育所の山車蔵には、平成14年に40年振りに復元された「熊川の山車」が保管されています。出番は、毎年5月3日の白石神社祭礼と10月第一日曜日開催の「熊川いっぷく時代村」です。(内部は非公開)
山車蔵の裏にあるビオトープ「熊川ほたる宿」は、熊川宿ほたる生息研究会と熊川小学校児童たちによるゲンジボタルの育生が進められ、年々孵化する数も増えてきて、シーズンには幻想的な乱舞が見られます。観賞時期は6月中旬〜下旬(普段は立入禁止)

 光水画廊(こうすいがろう)

 昭和58年に福井宇洋氏の設計により町並み風に修景された元熊川駐在所です。平成27年に画廊として内部が改修され活用されていましたが、現在は不定期でひな祭りや端午の節句の人形飾り、野菜などの物販を行っています。

 まがり

下ノ町と中ノ町の境で、いわゆる「ます形」の矩折れになっており、熊川では「まがり」と呼びます。昔、敵の突進を防ぐために作られたであろう曲がり角で、藩の規則や命令などを掲示する高札場(こうさつば)にもなったようです。
ます形は宿場町の入口にあるのが通例ですが、熊川で町中にあるのは、これより西側を下新町(しもしんまち)とも呼ぶことから、町が徐々に西に向かって伸びていったと考えられます。

 海鼠壁の蔵(なまこかべのくら)

瓦を貼った壁で、瓦と瓦の隙間(目地)に、かまぼこ型に盛り上げた白い漆喰の形がなまこに似ているところからこの名がつきました。蔵はその家の貴重品をしまうのに必要なものでした。(内部は非公開)

 鯖街道食文化展示施設 村田館(さばかいどうしょくぶんかてんじしせつ むらたかん)

京都の老舗料亭「菊乃井」の主人村田吉弘氏の祖父の実家。京へとつながる鯖街道の伝統的な食文化に関する展示施設として町が改修し、京都「菊乃井」村田吉弘氏のルーツと若狭地方の食文化に関する展示を行っています。
◇開館日時:9:00〜17:00
◇入館料:無料
◇日常管理:下ノ町同志会
※トイレは隣接する熊川宿体験交流施設 与七をご利用ください。

 熊川宿体験交流施設 与七(くまがわじゅくたいけんこうりゅうしせつ よしち)

 

趣味の作品展示や体験教室に利用できる和室と、長年要望の多かった休憩室やトイレを備えています。下ノ町ゆかりの親孝行息子「与七」にあやかって、区民による公募で命名されました。
◇開館時間:9:00〜17:00
◇体験等使用は有料・予約制
◇問合せ:TEL 0770-45-2270(若狭三方縄文博物館内 若狭町歴史文化課)
◇日常管理:下ノ町同志会

 西山稲荷神社(にしやまいなりじんじゃ)

下ノ町から山の中腹まで登った所にあり、伏見稲荷大社より勧請されたといわれ、創建は少なくとも江戸時代中期まで遡れます。
商売繁盛の神様として信仰され、秋の大祭には「おひたき」の神事が行われてきました。現在も近隣の住民有志により連綿と守り継がれています。
近年の台風などによる倒木などで山道が荒れており、今後の整備が望まれます。
※登山の際は安全に十分ご注意下さい。

 孝子与七の碑(こうしよしちのひ)

下ノ町の入口、街道の山手に小さな石碑があります。今から280年程前、貧しい暮らしの与七とその妻は、自分たちは貧しいものを食べても父母にはご馳走を食べさせて孝行のかぎりを尽くしました。時の小浜藩主は与七の行いを聞き、米数俵を与えてその志を褒めたことが『若狭良民伝』にも出ています。
そんな与七にあやかって熊川いっぷく時代村で、親子の絆をモチーフにした「孝子与七物語 大八車レース」が行われたこともあります。


 

 西口駐車場(にしぐちちゅうしゃじょう)

 

熊川宿への西の入口。寄棟瓦葺(よせむねかわらぶき)のモニュメントは西口のシンボルになっています。夜は小水力発電によりライトアップされています。
◇駐車台数:普通車16台・大型バス2台
◇駐車料金:無料
※近くにバス停「下新町(しもしんまち)」と「新道口(しんどうぐち)」があります。


 下ノ町駐車場(しもんちょうちゅうしゃじょう)

 

西口駐車場の向い側
◇駐車台数:普通車36台・大型バス3台・障がい者用2台
◇駐車料金:無料
※国道横断の際は交通安全にご注意下さい。


 北川(きたがわ)

北川水系北川は、その水源を野坂山地の三十三間山東側付近に発し、滋賀県の天増川(あますがわ)を源流に、福井県の小浜湾に注ぐ全長30.3kmの一級河川で、近畿一美しい水と讃えられています。熊川付近はその上流域にあたり、かつては鮎釣りが盛んで多くの釣り人が訪れ、夏には子どもたちが水浴びもしました。今も北川の流れと周辺の山々との調和を見ることができます。


 熊川公民館(くまがわこうみんかん)

 

熊川地区(熊川・新道・せせらぎ・河内)の公民館です。主に熊川地区民を対象に、年間を通して多くのイベントや公民館活動が行われています。熊川地区地域づくり協議会をはじめ、熊川いっぷく時代村実行委員会、熊川宿ほたる生息研究会、熊川葛振興会の連絡先にもなっています。
〒919-1532 福井県三方上中郡若狭町熊川43-37
TEL・FAX 0770-62-0135
◇開館時間:9:00〜17:00
◇休館日:土・日・祝日・年末年始
※国道横断の際は、信号を守って交通安全に十分ご注意下さい。


 大杉(おおすぎ)集落

かつては近江から若狭へ入る初めての集落が大杉でした。熊川よりも前に開けたという言い伝えがあり、鎌倉時代末には関所が設けられ往来を監視したと『熊川村誌』に記されています。
北川に沿って街道があり、その南側に家並みが続きます。谷あいが迫り、北川と山並みの自然が美しいところです。街道から水路橋や井根(堰(せき))も見えます。
※水路橋は立入禁止です。
※居住区につき見学の際はお静かにお願いします。


 河内川ダム(こうちがわダム)

河内川上流に県営河内川ダムが建設され令和元年6月に竣工しました。ダムサイトには監視所があり、屋上からは雄大なダム堤体やダム湖が見学できます。今後、ダム湖の湖周道路をはじめ展望台、渓流広場、お花見広場、ピクニック広場が整備される予定で、若狭駒ヶ岳トレイルコースと併せて観光開発が期待されます。
◇河内川ダムカードはダム監視所にて配布しています。
※トイレは河内川ダム監視所内にあります。
※お車で走行の際はカーブ、片側通行、工事車両等に十分ご注意下さい。
※森林公園等へ登山の際は安全に十分ご注意下さい。

参考文献:若狭街道熊川宿(若狭町教育委員会発行)
     熊川宿語り部案内資料(鯖街道熊川宿まちづくり協議会発行)
     町並み通信「鯖街道熊川宿」(若狭熊川宿まちづくり特別委員会発行)
     熊川宿暮らしのガイド(熊川区発行)
     「福井県:歴史・観光・見所」ホームページ その他
編集者:若狭熊川宿まちづくり特別委員会 広報部
監修:若狭町歴史文化課
更新日:2020年2月


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