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(1)西口公園
熊川宿西入口です。駐車台数16台。大型バス駐車可。
(2)孝子与七の碑
下ノ町の入口、街道の山手に小さな石碑があります。今から270年程前、貧しい暮しの与七とその妻は、自分達は貧しいものを食べても、父母には、ご馳走を食べさせて孝行のかぎりを尽くしました。時の小浜藩主は、与七の行いを聞くに及んで、米数俵を与えて、その志しをほめたことが「若州良民伝」にも出ています。
(3)西山稲荷神社
伏見のお稲荷さんを歓請したといわれ、創建は江戸時代中期頃まではさかのぼると言われています。商売繁盛の神様として厚い信仰を受け、現在も「おひたき」という行事が、春と秋に行われています。
(4)まがり
昔、敵の突進を防ぐために作られた曲り角です。下ノ町と中ノ町の境にある曲り角です。角には駐在所があります。
(5)松木神社(6)義民館
若狭の義民松木庄左衛門が祀られている神社です。境内には昭和10年に庄左衛門の遺徳を顕彰するために建てられた義民館があります。熊川宿の中では桜と紅葉の名所です。
(7)倉見屋(くらみや)
主屋、土蔵など問屋の形式を残している最も古い町家です。表には2ケ所駒(こま)つなぎ環が付いています。典型的な平入造りで、塗込の壁や袖壁卯建(うだつ)、土戸の入った戸袋などに見られる店構えの重厚(じゅうこう)さから当時の問屋の栄えた様子がうかがえます。
(8)得法寺
元亀元年(1570)に、織田信長は秀吉と家康をも従え、越前朝倉義景を攻めるため、京都から熊川を通り敦賀へ向かいました。このとき徳川家康は得法寺に泊まったといわれ、このとき境内の松に腰をかけたのが、東の隅にあった松の木でした。「家康腰かけの松」と呼ばれています。
(9)御蔵道
北川の船運の米が、この路地を通り、蔵屋敷に至ったことに、この名の由来があります。
(10)白石神社
熊川地区の氏神であり旧指定村社で、祭神は、彦火々出見尊、白鬚明神、小浜藩主酒井忠勝公、山の神が合祀されているということです。毎年5月3日に祭礼が行われます。
(11)覚成寺(かくじょうじ)
境内にあるイチョウ巨木は樹齢約三百年。高さ約20メートルと名勝となっていました。
(12)菱屋(勢馬清兵衛家)
旧問屋で屋号を「菱屋」という旧家。格子と水路の取り合わせが美しい、建物です。
(13)長屋道
この路地の奥に、町奉行手配下の足軽長屋があったことにこの名の由来があります。
(14)若狭鯖街道熊川宿資料館(宿場館)
かつての熊川村役場だった建物を改修した資料館で、鯖街道関係の資料や民具などを展示しています。 営業時間 8:30〜17:00 定 休 日 毎週月曜日 年末年始 入 館 料 200円 レンタサイクル、貸ロッカー有り
(15)旧逸見勘兵衛家住宅(町指定文化財)
伊藤忠商事ニ代目社長となった伊藤竹之助翁の生家で、熊川を代表する町家の一つということで、主屋、土蔵、庭が、平成7年1月に、町指定の文化財となりました。その後、平成7年〜9年の3カ年をかけて、修理が行われ、熊川の新しく快適な住居のあり様を提示すべくモデルハウスとして、生まれ変わりました。入館料:大人100円、中学生以下無料。 開館日 基本的に土、日、月曜日
(16)中条橋
昔からたくさんの物資や人の往来を支えてきた中ノ町と上ノ町を結ぶ重要な橋。平成11年に架け替えられました。
(17)子守り岩
この上ノ町の大きな岩ではよく子供達が遊びますが、けがをしたことがないそうです。そして、権現さんと関係がある岩であるとの話しもあります。
(18)権現神社
上ノ町の上側にある。熊川では権現さんと称される社です。昔、上ノ町では、道の表面に白い石が出ると、村に火災や水害がおきたことがありました。そこで、村人が相談してお社を建てて、その白い石をお祀りすることになったのが、この神社のいわれであるとされています。鳥居額には、「火防・水雨神社」と銘があり、この神社の性格を表しているようです。
(19)熊川番所
熊川番所。かつて「入り鉄砲に出女」の統制と物資への課税が行われていた熊川番所が復元されました。入館料:大人50円、中学生以下無料。 不定休
(20)道の駅「若狭熊川宿」・四季彩館
駐車台数約30台。大型バス駐車可。特産品販売、レストラン、熊川宿展示館。レンタサイクルもあります。